人は人の愛で育つと思ったときのこと

「ドラゴン桜」が書かない本当の日本の底辺 : 人類応援ブログ

この記事を読んで、以前介護の専門学校で教えてた時の会った学生を思い出しました。
もう7年も前のことで、まだ私も20代でした。
そのころ仕事が危なかったので、いろんなアルバイトをしてたのですが、その一つが介護の専門学校での非常勤講師。
教えることも何か今後の糧にになるかと思い、5時半に起きて2時間かけてその学校へ、週1回3年間通ってました。





私が先生1年生、教える学生も1年生。
学校もできたばっかりの1年目で全校生徒20名程度、みんな手探りの状態でした。

介護の学校は、社会人経験があって入学してくる人と、高校から上がってくる人と半々くらい。
高校から上がってくる人は半分はお年寄りが好きで…という感じの、地味で優しそうな人、半分くらいはヤンキーな人でした。
そのヤンキーの人たちは、遅刻したり教科書を忘れたり、レポートがてきとうだったりと、他の学生たちがまじめなこともあり目立ってました。
すぐに社会に出て仕事をするほどまだ覚悟はないけど、モラトリアムにしては専門学校は制約が厳しく(大学生のように勉強しないわけにはいかないので)、彼らはなんだかめんどくさいような、がんばりたいような、がんばりたくないような、微妙な感じをただよわせてました。
でも、周りの人たちは、対人援助職に就くような志向の人たちだから、ヤンキーの人たちが遅刻したり、居眠りしたり、落第しそうになったりした時も懐深く支えてあげてたんじゃないかと思います。たぶん。

私は基本的にはヤンキー的な人は苦手です。そもそも若く見られがちでなめられそうな外見だったので、ちょっと警戒していました。でも、基本的には彼らも他の学生もを尊重して授業をしていたから、あんまりトラブルにはならなかったです。

ところが、定期テストで一人のヤンキー君が落第点をだしたんですよね…いや、私の授業を休みすぎたのかな?
なんだか忘れちゃったんですけど、とにかく補習をしなくてはならなくなりました。
非常勤講師のむかつくことベスト3くらいに入るんじゃないか、というもの、それは補習。
最近はカリキュラム順守が学校評価で重視されるから、ますます授業の回数や評価に関することが厳しくなってます。
あーまたあの遠い学校に行かねばならんのか―…とげんなりしてたのですが、学年担任の先生が「小宮山先生、彼をどこへでも行かせますので、補修をお願いします」と言ってくれました。
なぜか「本当に申し訳ありません」と謝られました。先生が悪いわけじゃないのに。
じゃあちょっと汗をかいてもらおうかと、彼には私の職場に来てもらって、会議室を借りてマンツーマンで補習をしました。

で、もう一回テストを受けて何とか合格。
めんどくさい事させるんじゃないよと思いました。

次の年、その担任だった先生が、その補習したヤンキー君は、へたしたら小学校くらいの学力かもしれなくて、概念的な理解とか、もっというと熟語などの理解すらすごく大変だったらしい、ということを教えてくれました。
私は心理学担当だったから、もう心理学なんて概念の世界だから、彼はほんとにわけわかめだったんだろうなと、申し訳なく思いました。
もうちょっと授業内容を具体的にするとか、身体を使ったことをするとか、工夫できたかもしれません。

だけどすごいのは、そんな彼がドロップアウトすることなく学校に来ていて、実習にも行って、結構頑張って楽しくやっていたということです。
介護の技術的な面は身体で学べるけど、上の記事でもあるように、基本的な学力がないと制度とか理論とかそういうことはなかなか理解するのも大変だったと思います。
だけど、彼に対してあきらめずに働きかける先生たちがいて、彼を受け入れる仲間がいて、実習先で彼をかわいがるお年寄りがいたりして、そういうつながりの中で彼が期待に応えるべく、彼なりに頑張っているということに感心しました。
彼の外側の振る舞いに惑わされることなく、彼の内側の種火を絶やさぬように守り続ける。
いろいろとがっかりさせられることがあってもあきらめないで信じる。
あの補習をしたときの私はそんなこと考えてませんでした。
でもあの学年の先生たちは信じてたんだなあ。
まあ、本人たちにに直接聞いたりもしなかったので、全部私の感動的な空想ですけど。

人は人との間で育つってことかな。
もっといえばこれは愛なのではないでしょうか。
あの先生たちだけじゃなくて、教育に携わってる人たちは毎日、毎年、ひとりひとりにこれをやってるわけです。
こういうことがあってから、私は心のどこかで、教育者というものはなかなかなれるものではないし、尊い仕事だと思っています。